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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)4846号 判決

原告 文君宝

被告 朴[王民]洙 外一名

主文

被告朴は原告に対し別紙〈省略〉目録記載の各不動産につき、昭和二九年八月一一日大阪法務局受附第一四五七二号をもつてした所有権移転請求権保全仮登記に対する昭和三〇年一一月二二日附売買を原因とする本登記手続をせよ。

被告朴は原告に対し別紙目録記載の各不動産を明渡せ。

被告大岩は原告に対し別紙目録記載の各不動産について、同被告のため、昭和二九年一二月二〇日大阪法務局受附第二三五八八号をもつてされた同月一六日附代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記及び同月二三日同法務局受附第二四〇四〇号をもつてされた同年同月一六日附契約による債権額一六〇万円、弁済期昭和三一年六月末日、利息年一割五分利息支払期毎月末日、期限後の遅延損害金元金百円につき一日金八銭とする抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、

訴外浅本明は被告朴に対し昭和二九年五月二六日金一三〇万円を弁済期同年八月二六日の約定で貸与し、同被告は同年八月一〇日右債務を担保する目的をもつて自己所有にかかる別紙目録記載の各不動産について、右債務を弁済期に完済しないときは右浅本に於て売買完結の意思表示をして所有権を取得することができ、売買代金は右消費貸借による債権残額と同額にみなしうる旨の原告のため売買一方の予約をした。そうして、翌一一日浅本において右消費貸借上の債権及び右予約上の権利一切を原告に譲渡し、同被告は同日異議なくこれを承諾すると共に、これに基づき、本訴不動産につき昭和二九年八月一一日大阪法務局受附第一四五七二号をもつて原告のため同月一〇日附売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をなした。しかるに同被告において弁済期が到来するも弁済をしないので、原告は、前記特約に基づき、同被告に対し、昭和三〇年一一月二一日附書面をもつて右売買完結の意思表示を発し、該書面が翌二二日到達し、こゝに本訴不動産の所有権を取得するにいたつた。ところで同被告は、本訴不動産につき、被告大岩のため、主文第三項表示のとおり、昭和二九年一二月二〇日同法務局受附第二三五八八号をもつて所有権移転請求権保全仮登記及び同月二三日同法務局受附第二四〇五〇号をもつて抵当権設定登記をしているが、右各登記は原告のための所有権移転請求権保全仮登記後になされたものであつて、これにより順位を保全していた原告の所有権取得に対抗しえないものである。それで原告は被告朴に対しては、本訴不動産について、原告のために、昭和二九年八月一一日同法務局受附第一四五七二号をもつてした所有権移転請求権保全仮登記に対する昭和三〇年一一月二二日附売買を原因とする本登記手続をなし、且つ本訴不動産の明渡しを求め、被告大岩に対しては、本訴不動産につき、昭和二九年一二月二〇日同法務局受附第二三五八八号をもつてされた所有権移転請求権保全の仮登記及び同月二三日同法務局受付第二四〇五〇号をもつてされた抵当権設定登記の各登記の各抹消登記手続をなすことを求める。

と述べた。〈証拠省略〉

被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として

原告主張事実中、被告朴が、本訴不動産について、原告のために、原告主張とおりの所有権移転請求権保全仮登記をしたこと、被告大岩のために、原告主張内容とおりの所有権移転請求権保全仮登記及び抵当権設定登記をしたこと、原告がその主張の日時に被告朴に対し主張のような売買完結の意思表示をしたことを認めるが、その余の事実は否認する。被告朴は、訴外浅本明と共同でパチンコ店を経営していたが、右浅本より右共同事業を脱退する旨の解約告知をうけ、浅本との間に、同人が同被告に対し有する金額一三〇万円の持分払戻請求権を消費貸借の目的として、弁済期を原告主張の日時とする準消費貸借契約をしたのであるが、原告主張のような売買一方の予約をしたことはない。従つて原告の請求には応じがたい。

と述べた。〈証拠省略〉

理由

先ず原告の被告朴に対する請求について判断する。

成立に争のない甲第一号証の一ないし三同第三号証及び当裁判所が真正に成立したと認める同第四号証に、証人浅本明、金村光仁の各証言並びに原告、被告朴の各本人訊問の結果を綜合すると、訴外浅本明は昭和二八年五月二六日被告朴に対して、同被告のパチンコ店開業資金として金一〇〇万円を弁済期同年八月二六日の約定で貸付けると同時に、同被告との間に、これよりさき、その弟が結婚するにあたり貸付けていた金三〇万円の債権を消費貸借の目的とし、弁済期を右と同日に定めた準消費貸借契約をし、その契約書はその合計金一三〇万円の消費貸借がなされたように作成されたこと、浅本は同被告に対する前記貸与資金が原告より出捐されているところから、同被告に対する前記債権を同年八月初旬原告に譲渡したこと、同被告は原告に対し、右譲受を承認すると同時に、右債務を担保する目的をもつて、自己所有にかかる本件不動産につき、原告のため売買一方の予約をし、右債務を期限に完済しないときは原告において売買完結の意思表示をして所有権を取得し、売買代金は右消費貸借による債権残額と同額にみなしうる旨の約定をした各事実が認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

しこうして、消費貸借に基き金銭の支払を求める場合において、審理の結果消費貸借でなくて準消費貸借と認むべきときは裁判所は準消費貸借の成立を肯定しこれに基き請求の当否を判定するも、当事者が特に準消費貸借によりては請求しない旨表明しない限り、主張しない事物を当事者に帰せしめたといえない。けだし、消費貸借は民法上要物契約とせられて金銭その他の物の授受があることによつて成立することとなつているのであるから、現に金銭その他の物を給付すべき義務を負うている者が将来消費貸借上の借主となろうとする場合既存の債務を振りかえて消費貸借の物的要件の具備に代えることを認めているのが準消費貸借である。従つて消費貸借といい準消費貸借というも、既存債務の振りかえを認める点以外は全く同一で、両者の法律関係は同一というべきであるから、かれこれ変更を加えるも、その同一性が失われないからである。

つぎに、同被告が、前記特約に基づき、原告のために、同年八月一一日大阪法務局受附第一四五七二号をもつて同月一〇日附売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をしたこと、ついで原告が同被告に対し昭和三〇年一一月二二日到着の書面をもつて売買完結の意思表示をしたことは当事者間に争いないところであり、同被告において前記貸借により生じた債務を右書面到着日までに完済したことの主張をしない以上、本件不動産の所有権は右日時に原告に移転したといわねばならない。

そうして、同被告においてその後の本件不動産を占有すべき権原について何らの主張立証がないので、同被告は原告に対し、右仮登記に対する昭和三〇年一一月二二日附売買を原因とする本登記手続をなし、かつ、右不動産を明渡す義務があるといわねばならない。

次に被告大岩に対する請求について判断する。

本訴不動産について被告朴が、被告大岩のために主文第三項表示とおり昭和二九年一二月二〇日大阪法務局受附第二三五八八号をもつて所有権移転請求権保全の仮登記及び同月二三日同法務局受附第二四〇五〇号をもつて抵当権設定登記がなされていることは当事者間に争いないところであり、本訴不動産につき原告が昭和三〇年一一月二二日所有権を取得したことは前示認定のとおりである。

しこうして、原告のための請求権保全の仮登記においては、仮登記そのものゝ効果として、仮登記後まだ物権変動を生じない間に第三者が取得した当該不動産上の権利は、仮登記に基く本登記がなされるときは、その対抗力と相容れない範囲において効力を失うものと解すべきである。けだし、請求権は相対的効力を有するに過ぎないから一度その目的たる不動産について第三者が物権を取得するときはその請求権の実現が不能となるのを本来とするけれども、請求権保全の仮登記は恰もこの運命を防ぎ止める作用をなし、他日右の如き障害があつても尽くこれを排しもつて当該請求権自体の実現を可能ならしめる素地を予め成し置くものであつて、いわば相対権たる請求権をしてこの関係においては絶対権化せしめるものであるとするのが相当であるからである。従つて右仮登記以後本件不動産の所有権が、原告に移転する以前になされた被告大岩のための主文第三項表示の所有権移転請求権保全の仮登記及び抵当権設定登記は、被告朴の請求に対する判断のところで認定したように、後日本登記がなされたと同視すべき状態となつた以上、その存在の余地なきに至り無効に帰したといわねばならない。従つて被告大岩において右両登記の抹消登記手続をすべき義務あること明白である。

よつて原告の本訴各請求はいずれも正当であるのでこれを認容し、訴訟費用につき、民事訴訟法第八九条、第九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 本井巽)

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